環境DNAを用いたビンナガ来遊予測技術の実践【経営流通部】
はじめに
環境DNAとは、環境(環境となる海水や底質など)に存在する生物由来のDNAのことで、これを分析することで、そこに存在する生物情報等を把握することができます。漁業調査船みやざき丸では、洋上での環境DNA分析が可能であり、この技術を活用したかつお・まぐろ漁業の漁場探索に取組んでいます。昨年の水産宮崎790号では、近海かつお一本釣漁業を対象とした環境DNAによるビンナガ(図2、一般呼称ビンチョウマグロ)の漁場来遊把握の技術開発について紹介しました。カツオと並び近海かつお一本釣漁業が主要な漁獲ターゲットとするビンナガの来遊を、環境DNAで捉える手法を開発する取組になります(図1:ビンナガ漁場来遊把握の調査イメージ)。今回はその後の実践として、ビンナガ回遊ルートの予測手段の構築や、令和7年度に漁業調査船みやざき丸で行った実際の調査について紹介させていただきます。
図1 ビンナガ漁場来遊把握の調査イメージ
図2 漁獲されたビンナガ
ビンナガの回遊ルート予測
上記のビンナガ漁場来遊把握の調査イメージを実行に移すために、まず必要となったのがビンナガの回遊ルートの予測になります。ビンナガは日本近海から遠くハワイ沖海域まで、太平洋を広く東西に回遊することが知られていますが、日本近海での詳細な回遊ルートは解っておりません。そこで、水温構造とまぐろはえ縄漁業の操業位置の2つのアプローチにより、回遊ルートを予測する方法を考えました。
(1)水温構造による回遊ルート予測
水温構造により回遊ルート予測するためのヒントとなったのは、2023年の近海かつお一本釣でのビンナガ操業で生じた特異的な漁場形成です。通常年ではビンナガの回遊により漁場は東西広範囲に広がりますが、このときの漁場範囲は非常に狭く集中していました。これは、ビンナガが同じ海域に留まっていたことを示しますが、その原因として、当時の漁場海域の水温構造が理由と考えられました。日本近海でビンナガが高い割合で生息する好適な水温は18.5~19.5℃であることが知られていますが、漁場位置でこの好適水温帯が形成していた水深100 mの水温図を見ると、好適水温の海域が巾着状に形成し、周囲を低い水温が取り囲んでいたことが、ビンナガが移動できなかった理由と考えられました。また、その後、期間の経過とともに、巾着状海域が開放するにつれて、漁場位置も外側に移っていく状況が確認されました (図3)。これにより、特定水深の水温構造でビンナガの行動を説明することができることがわかり、言い換えれば、水温構造によりビンナガの回遊するルートを予測できる可能性が考えられました。
図3 水深100 mの水温構造と漁場位置の推移
(2)ビンナガ回遊位置のまぐろはえ縄漁業漁場位置からの推測
まぐろはえ縄漁業の漁獲データから予測する方法を考えました。ビンナガは1月頃より日本近海に現れますが、当初漁獲対象とするのはまぐろはえ縄漁業になります。そこで、まぐろはえ縄の漁獲位置より、ビンナガの行動予測を試みました。
1月上旬~4月上旬のまぐろはえ縄漁業の漁獲位置の分布状況を、1月から2月上旬までの前半と2月中旬から4月上旬の後半に分けると、前半は小笠原海嶺や九州パラオ海嶺縁辺の南北に分布が集中している状況が、後半は四国海盆を中心とした分布に変化する状況が確認され、それぞれを海嶺分布パターン及び海盆分布パターンと名づけました (図4)。さらに海盆分布パターンを10日ごとに分解すると、四国海盆全体に散在する状況が、徐々に黒潮海流沿いに集中する変化がみられました。これは、海域移動する前に群れを集約しながら移動ルートとなる海流上に集中している状況が想定されます。つまり、この時期の分布状況を端緒として、水深100 mの好適水温帯や海流上がその後の移動ルートとなり、ビンナガの回遊ルートを予測できる可能性が示唆されました。
図4 まぐろはえ縄漁業のビンナガ操業位置
環境DNAによるビンナガ来遊調査の実践
(1)調査ラインの設定
これまでの予測の考え方を総合し、2025年に実際に行った回遊ルートの予測と、調査ラインの設定を説明します。予測したのは5月上旬頃、房総半島沖で散発的にカツオ混じりのビンナガが漁獲され、まさにビンナガの本格的な漁期が始まりそうな状況でした。付近の海域の水温状況から、主群がいるエリアを想定し、好適水温且つ海流沿いから回遊ルートを予測し、効果的に魚群が捕捉できる合流点付近に調査ラインを設定しました(図5)。
(2)調査の結果と漁場形成
調査の結果、調査ラインよりビンナガDNAを検出し、即日ビンナガの移動先の海域を予測して、関係漁船に情報提供しました。翌日からは予測した海域付近に好漁場が形成され、以降1週間だけでも、ビンナガが814 t、3億円を超える水揚げとなりました(図5)。
ここまでの説明だと、我々の調査情報により豊漁に繋がった様に聞こえるかもしれません。しかし、実際の漁獲は、周辺海域での情報に反応した漁船が、調査と同日に好漁場を発見したことをきっかけに開始しており、我々の情報は参考程度の利用に留まったものと考えています。一方で、本調査で提示した想定海域は実際の好漁場と隣接した同じ潮上に位置しており、発生した時期も一致したことから、予測としてほぼ的中していたと考えています。つまり、調査手法の裏付けが得られる結果になったとともに、タイミング次第では非常に有益な情報にもなり得たと考えられます。さらに、これまでの漁場探索とは全く異なる方法を用いて、同様の結果にたどり着けたことにも、大きな将来性を見いだすことができました。
図5 調査ラインの設定と結果及びその後の漁場形成位置
環境DNA調査の課題と展望
今回、環境DNAによる実践的な漁場調査としては初めての試みとなりましたが、ビンナガDNAを捉えることに成功するとともに、実際の漁場形成による検証結果も得ることができました。残念ながら、直接的な操業への貢献には至りませんでしたが、今後、本調査の成果により、かつお一本釣船のスムーズな漁場転換が実現され、不要な探索経費の節減、ビンナガ漁獲機会の損失を防ぐことが可能になると考えています。さらに、その効果は、かつお一本釣漁業の効率的な経営を実現し、持続的な操業を構築できるものと考えています。
また、今回の手法は全国でもみやざき丸にしかできない、極めて先進的な調査手法と言えます。他の魚種や漁業種類への活用、或いは資源調査等への応用等、様々な発展性も考えることが可能です。調査のタイミングや精度、外洋域でターゲットとなる環境DNAを検出する難しさ、また、調査結果に対する理解の醸成等、まだまだ課題は残されておりますが、技術の向上や関係する方々への説明等により、貢献度の高い調査となるよう進めていきたいと考えています。
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更新日:2026年06月03日